大判例

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東京地方裁判所 昭和50年(合わ)198号 判決 1975年12月25日

被告人 宮本篤一

昭一九・七・八生 塗装工

関原義輝

昭一四・六・二一生 無職

主文

被告人宮本篤一を懲役三年に、被告人関原義輝を懲役三年六月にそれぞれ処する。

未決勾留日数中、被告人宮本に対し一五〇日、被告人関原に対し一三〇日を各本刑に算入する。

被告人両名から、押収してある大麻七袋(昭和五〇年押第一、三八三号の2)、モルヒネ二袋(同押号の9)、けん銃二丁(同押号の3、4)、弾丸五〇発(鑑定に使用した一一発を含む。同押号の5、6)を没収する。

訴訟費用は、昭和五〇年一一月七日通訳人植村邦彦に支給した分を除き、被告人両名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人関原義輝、同宮本篤一は外一名の米国人とともに、覚せい剤を密輸入しようと企て、被告人関原が購入代金、旅費等の資金面を負担し、外国旅行の経験が豊富で語学力のある被告人宮本と右の米国人とで購入先の発見、交渉等をし、被告人宮本が本邦内に持ち込むようそれぞれ分担を決めて、昭和五〇年五月一六日被告人両名及び右米国人はタイ国に向け出発し、同国で覚せい剤と誤信して麻薬であるモルヒネを含有する粉末約九三一・八七グラム(昭和五〇年押第一、三八三号の9)を購入した外、更に大麻である大麻草(雌性花穂)二五八・八八グラム(前同押号の2)、けん銃二丁(前同押号の3、4)及びけん銃用実包五〇発(前同押号の5、6)を購入して、ここに被告人両名は外一名と共謀のうえ、これらの物品を輸入すべく、法定の除外事由がないのに、同月二二日被告人宮本が携帯するサイドバツグ内に右麻薬粉末、大麻草、けん銃及び実包を隠匿所持して、同国バンコツクの国際空港からサイアム航空VG九〇二便に搭乗し香港経由で東京都大田区羽田空港二丁目五番六号東京国際空港に到着し、同空港内東京税関羽田税関支署旅具検査場において、旅具検査を受けるにあたり、同署係官に対し右麻薬等を申告せず税関長の許可を受けないで本邦内に搬入しようとしたが、同署係官に発見され被告人宮本が逮捕されたため、その目的を遂げなかつたものである。

(証拠の標目)(略)

(累犯前科)

被告人宮本篤一は、昭和四六年一二月二七日高松地方裁判所丸亀支部で暴力行為等処罰に関する法律違反、傷害罪により懲役七月(未決勾留日数三〇日算入)に処せられ、昭和四七年六月二六日右刑の執行を受け終つたものであつて、右事実は同被告人の当公判廷における供述及び検察事務官作成の同被告人に関する前科照会回答書によつてこれを認める。

(法令の適用)

被告人両名の判示所為中、モルヒネを含有する麻薬粉末を輸入しようとしてこれを遂げなかつた点は刑法六〇条、麻薬取締法六五条三項、一項、一三条に該当し(被告人両名は犯行時本件麻薬を覚せい剤と誤信していたものであるが、覚せい剤密輸入未遂の罪と右の麻薬密輸入未遂の罪とはともにその法が覚せい剤、麻薬の中毒性、習慣性を考慮し、その濫用による保健衛生上の危害を防止することを取締りの目的とし、取締りの方式も極めて近似するなどその罪質を同じくするものであり、前者は後者より法定刑がより重いのであるから、被告人両名は麻薬取締法違反罪の責任を負うものというべきである。)、同麻薬は関税定率法二一条一項一号の輸入禁制品であるから、これを輸入しようとして遂げなかつた点は刑法六〇条、関税法一〇九条二項、一項にあたるところ、被告人両名は麻薬を覚せい剤と誤信していたものであるから、刑法三八条二項により同法六〇条、関税法一一一条二項、一項の罪で処断し、また税関長の許可を受けないで大麻草及びけん銃、実包を輸入しようとしてこれを遂げなかつた点は、包括して刑法六〇条、関税法一一一条二項、一項に、法定の除外事由がないのにけん銃二丁を密輸入しようとしてこれを遂げなかつた点は包括して刑法六〇条、銃砲刀剣類所持等取締法三条の二、第三一条三項、一項に、大麻を密輸入しようとして所持した点は刑法六〇条、大麻取締法二四条の二第一号、三条一項に、実包五〇発を密輸入しようとして所持した点は刑法六〇条、火薬類取締法五九条二号、二一条にそれぞれ該当するが、以上は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、被告人両名とも刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として最も重い麻薬取締法違反の罪の刑で処断し、被告人関原についてはその所定刑期の範囲内で、被告人宮本には前記の前科があるので、刑法五六条一項、五七条により再犯の加重をした刑期の範囲内で、被告人宮本を懲役三年に、被告人関原を懲役三年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中被告人宮本に対し一五〇日、被告人関原に対し一三〇日を右各刑に算入し、主文記載の押収物のうちモルヒネ二袋(前同押号の9)は麻薬取締法六五条三項、一項、一三条違反の犯罪行為にかかる物であるから同法六八条により、大麻七袋(前同押号の2)、けん銃二丁(前同押号の3、4)、弾丸五〇発(但し、うち一一発は鑑定に使用発射したもの。前同押号の5、6)はいずれも関税法一一一条二項、一項違反の犯罪行為にかかる物であるから同法一一八条によりそれぞれ被告人両名から没収し、訴訟費用は昭和五〇年一一月七日通訳人植村邦彦に支給した分を除き、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により被告人両名に連帯して負担させることとする。

(各取締法違反の点について、輸入罪として起訴されたものをいずれもその未遂または所持罪として認定した理由)

各種の実定法において、物の輸入に関し、種々の規制が施され、右規制に違反する者に対しては刑罰等の制裁がなされているのであるが、輸入の意義については、各法規により異別に解すべき合理的な理由のない限り統一的に解すべきところ、判例(大判昭和八年七月六日、刑集一二巻一、一二五頁)は阿片煙輸入罪に関し、輸入とは「海上に在りては船舶により阿片煙を陸揚して我が国内に搬入する行為」であるとし、右は一般に陸揚説と称せられ、その他の物の輸入の意義についても通説となつており、従つて、これらの輸入は陸揚により直ちに既遂となるとされる。

一方、関税法は同法二条一項一号(なお同条二項)で輸入の定義を掲げているので、同法一〇九条、一一一条等の輸入罪の既遂時期についても税関・保税地域を経由しない場合は、正当な通関手続を経ないで外国貨物を本邦へ陸揚することにより既遂となるが、税関が設けられ、外国貨物に対する税関職員による実力的管理の行なわれている保税地域等にあつては陸揚された後、税関の旅具検査場を経て税関の関門を通過して初めて既遂となるとされている。この点は、いわゆる関税線の内側にあつては税関による実力的支配が及び、物の自由な流通が行なわれず、輸入の本来の目的は達せられていないことを考慮すると妥当な考え方であり、このような保税地域等を経由して国内に搬入する場合には、ひとり関税法に限らず、麻薬取締法、銃砲刀剣類所持等取締法などに規定する輸入罪の既遂時期についても同様に解して不都合はなく、かえつて一般の意識にも合致すると考えられる。

ちなみに、麻薬などの輸入禁制品については、通常正当な通関手続をとることが期待できないとの理由で、たとえ保税地域内であつても、我が国に陸揚された以上は麻薬取締法等のうえでは輸入罪の既遂に達するものと解する立場もあるが、関税法は、単に正当な通関手続をとるものについてのみ、その手続を定めるものではなく、まさに正当な通関手続を経ずに本邦内に各種の貨物(麻薬などの輸入禁制品を含めて)を搬入しようとする行為をも併せて取締り、これを禁圧しようとしていてその刑事法的性格のあることは明らかであるから、これらについて関税法違反の罪が成立しないというのであれば格別であるが、右理由により、関税法上の輸入罪の既遂時期と麻薬取締法、銃砲刀剣類所持等取締法等における輸入罪の既遂時期とを区別することはできない。

また、けん銃、実包などは流通におかないでもその物自体で危険であるからたとえ関税線を通過しなくても陸揚された時点であるいは領海に入つた時点で輸入の既遂と考える立場もあるが、それらの物が犯人の手を離れた存在自体で危険性があるとは必ずしもいえず、物の危険性のみで輸入の既遂時期を決定しようとすることも適切とは考えられない。また、それらの物が保税地域内又は税関内において、殺人、傷害等に使用されたり譲渡された場合には、輸入の予備、未遂罪が考えられる外、それぞれの犯罪が成立し処罰可能であることは明らかである。

即ち、関税法上の輸入と麻薬取締法、銃砲刀剣類所持等取締法等における輸入とでその意義を異にすべき合理的理由はないというべきである。

そして、それぞれの輸入罪の成立を認める以上、両者の罪数関係は、麻薬等を隠匿携帯して我が国に海路上陸し、もしくは空港に到着し、税関旅具検査場をそのまま通過する行為は、自然的観察のもとで、行為者の動態が社会的見解上一個のものと評価でき、観念的競合の関係にあると解する。

これを本件についてみるに、本件は被告人らが共謀のうえ、空路麻薬、けん銃等判示記載の各貨物を密輸入しようと企て、被告人宮本の携帯するサイドバツグ内に本件各貨物を隠匿し、東京国際空港に到着し、そのまま関税線を通過しようとしてこれを税関係官に発見され、被告人宮本が逮捕されたため、右各貨物を関税線を越えて持ち込むことができなかつたものであるが、東京国際空港内が税関の実力的管理下にあり、到着した者は、すべて所定の通関手続を経て税関の旅具検査場を通過しなければ外に出られないようになつていることは公知の事実に属し、先に述べた理由により被告人らの本件各貨物の輸入行為はすべて未遂にとどまるものと認められる(外国為替及び外国貿易管理法上の輸入と関税法上の輸入につき同一に解すべきものとした最高裁昭和三七年一〇月三日大法廷判決、刑集一六巻一〇号一、四〇一頁参照)。

なお、大麻及び実包については当該取締法上輸入未遂罪を処罰する規定がないが、被告人らが共謀のうえ大麻、実包を法定の除外事由なく所持した事実は明らかであり、右事実はいずれも輸入罪として起訴された訴因に含まれると考えられるので、訴因罰条変更の手続を要せず所持罪としての有罪判決ができるものと解する。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 桑田連平 西村尤克 前原捷一郎)

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